
静岡県伊豆市の玄関口、修善寺(しゅぜんじ)温泉にある新井旅館は、錚々(そうそう)たる文人墨客(ぶんじんぼっかく)が通った宿として知られ、文化財として登録された建物にある、日本の美が感じられる客室に泊まることができる。意匠の凝らされた浴室や、地元の旬の食材が並ぶ食事も見逃せない。
文化財に登録される温泉宿、新井旅館(あらいりょかん)

静岡県の伊豆半島北部に位置する、伊豆市の玄関口にある修善寺温泉。温泉街の真ん中を通る桂川(かつらがわ)近くにある「新井旅館」は芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)をはじめとする数々の文豪や、著名な日本画家として知られる横山大観(よこやまたいかん)をはじめとする文人墨客が数多く逗留したことで知られる歴史ある旅館だ。修善寺の自然に溶け込みつつ、趣向を凝らされた風情ある建物は、国の有形文化財として登録されている。悠久の歴史を感じる館内で、ゆったりと流れる時を感じる贅沢な時間を過ごせるのが魅力だ。
修善寺へのアクセスは、三島駅で新幹線を下車し、伊豆箱根鉄道に乗り換えて終点の修善寺へ。首都圏からは2時間ほどと、小旅行にはぴったりの距離。風情ある町並みを散策するのも楽しい温泉地だ。

木造建築ならではのやわらかな雰囲気と、和の趣が感じられる調度がしつらえられたロビーは、ゆったりとソファが配され、旅の疲れをひととき癒やしてくれる。かけられた書や、ガラス越しに庭園の緑が見渡せる開放感のある雰囲気に心癒やされるだろう。
建物は全部で16棟、そのうち15棟が文化財

館内のインテリアにはさまざまな趣向が凝らされている。雪の棟の廊下は庭の緑が際立つように黒い瓦張りになっており、その美しさに息をのむ。そして、廊下の薄暗がりから光があふれる空間に出ると、「華の池」が広がる。花の棟と桐の棟が両側に構えるように建つこの池は、中央に乙姫島(おとひめじま)が設けられ、色とりどりの錦鯉が泳ぐ。美しい日本画のような風景に見とれてしまうだろう。

窓から竹林の小径を見渡せる「花の棟」

新井旅館の客室は31室あるが、そのうち27室が15棟ある文化財の建物内にある。その中でも特に人気が高いのが「花の棟」だ。桂川に面した部屋で、窓からは竹林の小径や、赤い桂橋との美しいコントラストが見渡せる。秋になれば木々が燃えるように色づき、川のせせらぎの音とともに過ごす人を魅了する。

趣向を凝らされた天平大浴堂で湯浴みを

新井旅館には露天風呂や貸し切り風呂も含めると、6つの浴場があるが、なんといっても「天平大浴堂」のスケールに圧倒される。日本画家である安田靫彦(やすだゆきひこ)氏による設計で、天平時代(てんぴょうじだい)の建築を模して造られている。台湾からわざわざ取り寄せた樹齢2000年以上の檜を使用した木造建築の、高い天井は寺社の伽藍(がらん)を思わせる。頭上をやわらかに照らす照明は、鋳金家(ちゅうきんか)として日本を代表する人物でありながら、歌人としても活躍した香取秀真(かとりほつま)の手になるものだ。

もう一つの名物の内風呂が「あやめの湯」。平安時代の絶世の美女とされる「あやめ御前」にちなんで、2つある浴槽のうちひとつの浴槽が、あやめの花をかたどった愛らしい雰囲気となっている。他にも露天風呂や貸し切り風呂など3つの浴室があるが、どの浴室も源泉掛け流しとなっている。
旬の味覚が一堂に会する会席料理

夕食は旬の味覚をふんだんに取り入れた、季節感のある美しい料理が並ぶ。目にも舌にもおいしいものを少しずつ、心ゆくまで味わいながら、移ろいゆく四季を感じられる。

朝食は白いごはんが進んでしまうような、ごはんを引き立てる滋味あふれるおかずがいくつも並ぶ。旅館ならではのおもてなしを感じる料理の数々を楽しみたい。
数多の文人墨客に愛されてきた、芸術家を育む宿

新井旅館のもう一つの顔といえるのが、数々の文人墨客が逗留し、多くの作品を生み育んできたこと。明治時代の三代目館主は日本画家を志していたものの、その夢を諦めた過去があり、芸術を想う気持ちが強い人物だった。その思いは若い芸術家を支援することへ形を変え、画家や作家、歌舞伎役者など、幅広い芸術家たちとの交流を育んでいった。横山大観のためだけに建てられた山陽荘は現在美術館として解放されているだけでなく、ロビー近くには書画展示場が設けられるなど、文化の香り漂うしつらえとなっている。

宿泊者が参加できる「文化財ガイド」で歴史を体感

新井旅館では館内の文化財を解説する「文化財ガイド」を行っている。写真や資料を見ながら、新井旅館の成り立ちに触れられる貴重な機会として多くの旅行者に親しまれている。作品名でしか知ることのなかった文人墨客が、この空間を行き来していたと想像すると、少し身近に感じられること間違いなしだ。
文化財で過ごす、非日常を感じる特別なひとときを

国の有形文化財として知られる建物に宿泊できる旅館である「新井旅館」。歴史や伝統を尊重しながら、お客様が心地よく過ごせる新たな工夫を取り入れ、少しずつスパイラルアップしていくその姿を、定期的に訪れて感じたくなるような、そんな魅力が詰まった宿だ。修善寺に泊まるならぜひ、ここでしか味わえない特別なひとときをすごしてみよう。
■新井旅館(あらいりょかん)
交通:【電車】伊豆箱根鉄道「修善寺」駅よりバスで約10分。バス停「修善寺温泉」下車し、徒歩約3分【車】東名高速道路 沼津ICから修善寺ICまで約30分。駐車場も40台分あり
住所:静岡県伊豆市修善寺970
電話番号:0558-72-2007
料金:大人1名(2名1室)1泊 23100円~



