松花堂庭園・美術館

松花堂は石清水八幡宮の社僧だった松花堂昭乗が寛永14年(1637)、隠棲用に建てた草庵の茶室。もとは八幡宮近くにあったが、明治の神仏分離令で書院、庭園とともに現在地に移された。6600坪の広大な庭は国の史跡、名勝に指定されており、昭乗作の書画などを展示する美術館(料金別途)や食の交流棟もある。食の交流棟(京都吉兆松花堂店)では、松花堂弁当を全国に広めた日本料亭吉兆の松花堂弁当が食べられる。

松花堂は石清水八幡宮の社僧だった松花堂昭乗が寛永14年(1637)、隠棲用に建てた草庵の茶室。もとは八幡宮近くにあったが、明治の神仏分離令で書院、庭園とともに現在地に移された。6600坪の広大な庭は国の史跡、名勝に指定されており、昭乗作の書画などを展示する美術館(料金別途)や食の交流棟もある。食の交流棟(京都吉兆松花堂店)では、松花堂弁当を全国に広めた日本料亭吉兆の松花堂弁当が食べられる。

わが国航空界の先駆者である二宮忠八[にのみやちゅうはち]が、大正4年(1915)に全世界の航空殉難者の御霊を慰めるために建立。忠八はライト兄弟より早く飛行機の実用化を試みたが、軍の上司に却下されたという。境内には航空関係の資料館もある。

別名らくがき寺といい、境内の大黒堂の壁に自由に願い事を書ける。大黒堂建立にあたって受けた援助に感謝して、大黒様に願い事がよく見えるようにと始められた。白壁はさまざまな願いで埋まるが毎年末に塗り替えられる。

石清水八幡宮の別当だった善法寺宮清[ぜんぽうじみやきよ]が建立。本堂は、八幡宮の旧社殿の一部を移したものと伝わる。宮清の孫・通清の娘で足利義満の母である良子が寺に数多くのモミジを寄進したと伝えられ、今でも秋には境内全体が燃えるような紅葉に包まれる。律宗寺院で奈良・唐招提寺の末寺。

緑豊かな男山の山上に立つ古社で、創建は貞観2年(860)。国家鎮護のために、平安京の裏鬼門(南西)に当たるこの地に九州宇佐より八幡神を勧請されたのが始まり。創建以来朝廷の崇敬は篤く、のちに源氏の氏神となり源頼朝らも訪れたという。現在は厄除けの神様として信仰を集める。朱塗りの社殿は徳川家光の寄進により江戸時代に再建され、動物彫刻などで装飾された豪華絢爛な本殿を含む十棟が国宝に指定。『徒然草』の有名な話で、仁和寺の僧が八幡宮本殿と間違えたという摂社、高良神社[こうらじんじゃ]は男山山麓にある。

滋賀県境までわずかという、宇治平等院の巽にある曹洞宗の寺。ひなびた雰囲気がいい山寺で、宝物殿には均整のとれた本尊の十一面観音立像(重要文化財)をはじめ、四天王立像(重要文化財)、日光・月光菩薩立像(重要文化財)、文殊菩薩騎獅像(重要文化財)など藤原時代の優れた仏像を安置。境内の防災壁には、高さ8m・長さ40mに及ぶ大涅槃図の壁画が描かれている。

お茶の町・宇治田原町にある高野山真言宗の仏教寺院。客殿の花と日本の風景をテーマに描かれた160枚の天井画が見事で、猪目窓[いのめ]といわれるハート型の窓からは四季折々の景観が楽しめる。写経体験や写仏体験などもできる。7月1日~9月18日の「風鈴まつり」は2000個以上の風鈴が涼やかで、京都の風鈴寺とも呼ばれる。詳細は問合せを。拝観料はお茶とお菓子付きで、8の付く日には叶紐ももらえる。2020年は7月1日~8月31日。事前の申し込みが必要。

JR宇治駅から歩いてすぐ、旧奈良街道沿いにあるパティスリー。長年地元で愛された店を引き継いだパティシエが腕をふるう。マカロンやロールケーキ、焼き菓子など、たくさんのスイーツが並び、宇治らしい抹茶入りのものが多い。その中でも、大人の味「テリーヌショコラ」は、上質なカカオをたっぷり使った上品な味わいで、抹茶やほうじ茶などを加えた多彩なラインナップが人気。

享保2年(1717)創業。嘉永6年(1853)、御室御所より江戸時代の書記官の位・椽を賜ったという由緒ある和菓子店。宇治らしい和菓子が揃う。

大正時代の製茶工場を改装し、ショップとカフェを営む宇治茶の老舗。濃厚な抹茶の味が口いっぱいに広がるチョコレートは、ひとつ食べればそのおいしさのトリコになることウケアイだ。中庭を眺めながら抹茶スイーツも食べられる。中村藤吉本店、平等院店は重要文化的景観に選定されている。