松尾大社(松尾さん)

大宝元年(701)、秦氏が創建したと伝える古社。酒の神として信仰を集めていて、境内には全国の酒造元から奉納された、こもかぶりの酒樽が並ぶ。祭神は大山昨神[おおやまぐいのかみ]で、社務所裏の神泉「亀の井」の水を仕込み水に加えるとお酒が腐らないといわれる。室町前期建造で、天文11年(1542)に大改修した本殿(重要文化財)は、松尾造といわれる三間社両流造。重森三玲氏作庭の松風苑は、磐座をイメージした上古の庭、鎌倉風の蓬莱の庭、平安風の曲水の庭と、趣を変えた3つの庭が見られる。

大宝元年(701)、秦氏が創建したと伝える古社。酒の神として信仰を集めていて、境内には全国の酒造元から奉納された、こもかぶりの酒樽が並ぶ。祭神は大山昨神[おおやまぐいのかみ]で、社務所裏の神泉「亀の井」の水を仕込み水に加えるとお酒が腐らないといわれる。室町前期建造で、天文11年(1542)に大改修した本殿(重要文化財)は、松尾造といわれる三間社両流造。重森三玲氏作庭の松風苑は、磐座をイメージした上古の庭、鎌倉風の蓬莱の庭、平安風の曲水の庭と、趣を変えた3つの庭が見られる。

法輪寺の境内に、一山の鎮守社として奉祀されている。毎年5月23日には電気関係者を中心とし、電電宮大祭が行われる。

臨済宗大本山天龍寺の塔頭寺院のひとつである宝厳院の「獅子吼の庭」と呼ばれる回遊式山水庭園には、獅子に見える大きな岩が「獅子岩」と名づけられている。通常は非公開だが、特別公開のある春と紅葉シーズンには歴史ある庭園にふさわしい見事な紅葉を楽しむことができる。ライトアップされた紅葉も見どころのひとつ。

平安時代、白河天皇によって建立された後、室町幕府第二代将軍足利義詮の院号から現在の名がついた。敵将であったが、義詮が慕った南朝の武将楠木正行の首塚と義詮の墓が隣同士で立つ。秋の境内は紅葉が見事(三脚・一脚の持込不可)。

伊勢神宮の斎宮に選ばれた皇女が、潔斎のためにこもった所。クヌギの丸太を組んだ黒木の鳥居や小柴垣の簡素な佇まいの小さな社で、『源氏物語』の「賢木」の巻、謡曲『野宮』などに描かれた当時の様子を彷彿とさせる。今では縁結び、進学の神社として知られるようになった。

松尾大社の境外摂社で、創建は顕宗天皇3年(487)と伝えられる京都有数の古社。本殿横にある月延石は、安産の御神徳があるとして信仰を集め、安産祈願に訪れる参拝者が多い。

『平家物語』の遺跡として、昭和になって再建された寺。平重盛に仕え、宮中の滝口の侍になった斎藤時頼は、建礼門院に仕える横笛との結婚を望むが父に反対され、落胆のあまり出家。滝口入道と呼ばれた。それを知って訪れた横笛に会おうとはせず、高野山に入ったという。本堂に悲恋の2人の木像があり、参道には横笛の歌碑が立つ。

『源氏物語』の主人公光源氏のモデルとされる源融[みなもとのとおる]の山荘跡に阿弥陀堂を建てたのが始まり。嵯峨釈迦堂とも呼ばれる古刹。清凉寺式といわれる本尊の釈迦如来像(国宝)は、東大寺の僧、ちょう然が宋から招来したと伝える。目には黒水晶、耳に水晶をはめ込み、縄状の髪で、胎内には絹製の五臓六腑や経巻が納められた特異な様式。1000円で拝観することができる。4・5月、10・11月は特別公開(開帳冥加料無料)。

小倉山の中腹にある名刹で、秋の紅葉の美しさでも知られている。静寂な寺の佇まいが天台四土の一つ常寂光土を思わせるところから、寺名となった。茅葺きの仁王門には運慶作と伝えられる仁王像が立っている。檜皮葺きの多宝塔(重要文化財)は、江戸時代の建築ながら華麗な桃山様式を伝えている。

貞治6年(1367)に室町幕府管領の細川頼之が宗鏡禅師を招いて建立した臨済禅の寺院。勧請開山は夢窓国師、本尊は地蔵菩薩である。一休禅師が幼少時を過ごした寺でもある。境内が広く竹林で覆われていることから竹の寺とも称される。本堂北の方丈には平庭式枯山水庭園があり、羅漢に見立てられた16個の自然石が配されている。竹林以外は、境内一円鮮やかな苔に覆われている。楓が多いため、春は新緑、秋は紅葉が美しい。折々に、侘助椿や山茶花が彩りを添える。細川護熙元総理揮毫による書または画、何れかの襖を公開している。