高札場

江戸時代、宿場の人々に法令を広めるため、幕府から通達される法度や掟書を掲げた場所。古文書をもとに昭和58年(1983)に復元された。掲げられている高札の本物は追分宿郷土館に収蔵されている。

江戸時代、宿場の人々に法令を広めるため、幕府から通達される法度や掟書を掲げた場所。古文書をもとに昭和58年(1983)に復元された。掲げられている高札の本物は追分宿郷土館に収蔵されている。

京都へ向かう中山道と、越後へ通じる北国街道の分岐点。旅人同士が、ここで別れを惜しみ、涙とともに袂[たもと]を分けて旅を続けたといわれるのが、名の由来だ。道標のそばには、石の常夜燈などが、当時のままに立っている。石碑には、「さらしなは右 みよしのは左にて 月と花とを追分の宿」の歌が刻まれている。これは、江戸から来た場合、右へ行けば月の名所更科から善光寺を越えて越後路へ。左に進めば、木曽路から東海道を通り、桜の名所吉野へと道が続いていることを示している。

分去れの碑から旧北国[ほっこく]街道に入りすぐ右手にある。名探偵シャーロック・ホームズは、イギリスの小説家アーサー・コナン・ドイルの小説の主人公。この像は、翻訳家・延原謙[のぶはらけん]が追分油屋旅館の離れを仕事場に、『シャーロック・ホームズ』シリーズの翻訳を手がけたことから、ホームズ生誕100周年を記念して昭和63年(1988)に作られた。パイプをくわえ、難事件を次々と解決してきた小説のヒーローが、追分の地にたたずんでいる。

宿場町として栄えた追分宿。その当時の面影を色濃く残しているのは、分去れ[わかされ]の手前にある枡形の茶屋。ここは表の2階壁面に枡の形と「つがるや」の屋号を漆喰塗りで浮きだたせ、2階を前に突き出した出桁造りになっている。当時の追分の風情を今に伝える、数少ない建造物の一つ。

追分宿の西側にあり、約400年の歴史をもつ曹洞宗の古寺。堀辰雄が毎日のように散策に訪れたことでも知られる。山門の手前より左の小道を浅間山に向かって歩くと、木々に覆われた墓地に出る。この小道は堀辰雄や立原道造が散策路としていた道で、右側には堀が愛した石仏の如意輪観音像[にょいりんかんのんぞう]がある。首をかしげ、左手を頬にあてていることから「歯痛[はいた]地蔵」ともよばれている。ほかにも寺には書家稲垣黄鶴の句碑や書がある。

本殿は室町時代初期に建立された神社で、軽井沢町内最古の木造建築。長い年月の間に、幾度となく浅間山の噴火の脅威にさらされてきた社の様子は、境内に残る松尾芭蕉の句碑「ふきとばす石も浅間の野分かな」からも、うかがい知ることができる。明治2年(1869)5月には、浅間山の火山活動が激しくなり、その鎮静を祈願して9月に明治天皇の勅祭が行われたと伝わっている。

地下420mから湧く無色透明の湯は、弱アルカリ性の土類石膏弱食塩泉。慢性の湿疹や婦人病などに効能があるという。展望風呂にゆったり浸かり、旅の疲れをほぐそう。浅間山やカラマツ林が望める和室では、和食を中心とした季節の山菜・川魚料理が食べられる。宿泊1泊2食付1万1150円~。

大正4年(1915)に開湯し、北原白秋をはじめ、多くの文人たちに愛されてきた星野温泉。「星野温泉 トンボの湯」はその歴史をくむ日帰り温泉施設だ。建物は内外装に木材を使用した温かみのある造り。温泉は飲泉もできる単純温泉の美肌の湯。深い湯船が特徴の檜が香る内湯と四季折々の景色が楽しめる露天風呂で、源泉かけ流しの湯が堪能できる。リンゴ湯やゆず湯などの季節湯や、オートロウリュのサウナも好評。湯浴み後には、隣接する「カフェ ハングリースポット」や和食カジュアルダイニング「村民食堂」で寛ぎの時を過ごせる。

しなの鉄道中軽井沢駅から北へ延びる国道146号沿いにある一軒宿「塩壺温泉ホテル」も日帰り入浴が可能だ。約800年前に発見された古湯で、初めての湯の沸く壺という意味から「初壺」とよばれていたというのが温泉名の由来だ。源泉の露天風呂「長命泉」は鎌倉時代から湧く温泉をたたえ、効能も豊か。

浅間山麓で循環型農業を営む永井農場の直営店。農場で育てられた乳牛からその日に採れた新鮮なミルクと農産物を使用したジェラートやヨーグルトなどの乳製品をメインに販売。一番人気の「ピュアミルク」、定番のカカオ70%の「ビターチョコレート」ほか、特産品の花豆を使った「お母さんの花豆」、「農場のコシヒカリ」など、毎日10種類以上、季節限定のフレーバーも含めて年間で40種類以上が販売されるジェラートが大人気。イートインOK。農場のオリジナル商品やお米やお餅、季節の野菜や果物も販売。