上田 道と川の駅

日本百景の奇岩岩鼻を背景に、武田信玄と村上義清の軍勢が激戦を繰り広げた上田原合戦の地を散策できる。千曲川を見渡せる広い敷地には、芝生広場やドッグラン等があり、交流センターでは地元の農産物やお土産の販売、飲食コーナーでは千曲川産鮎の塩焼きや甘露煮、馬肉うどんなどが味わえる。

日本百景の奇岩岩鼻を背景に、武田信玄と村上義清の軍勢が激戦を繰り広げた上田原合戦の地を散策できる。千曲川を見渡せる広い敷地には、芝生広場やドッグラン等があり、交流センターでは地元の農産物やお土産の販売、飲食コーナーでは千曲川産鮎の塩焼きや甘露煮、馬肉うどんなどが味わえる。

長野県上田から群馬県を横断して、栃木県日光に至る約320kmのドライブルート。ドイツのロマンチック街道に似ていることから、昭和62年(1987)に設定された。群馬県は11市町村が参加。主なルートとしては嬬恋村(浅間高原)の鬼押出しから白根山を経由して草津温泉へ。草津から中之条方面へは暮坂峠を越えて四万へ抜ける北側ルートは、流浪の歌人・若山牧水も越えた道。南側ルートは吾妻川に沿っている。沼田までは、大理石村・ロックハート城の異国情緒漂うスポットが。日光までは、日光連山や吹割の滝など自然溢れる道のりだ。

直木賞作家・池波正太郎氏が著した『真田太平記』は、真田昌幸・信幸・幸村父子の戦国乱世での生き様を描いた長編大河小説として有名。『真田太平記』の取材ノートや池波氏の遺愛品などが常設展示されており、切り絵で再現した上田攻めなどの映像が楽しめるシアター、挿絵ギャラリーも併設。真田ファン必見。

農民美術の第一人者、尾澤千春・敏春父子が制作した木彫作品約1500余点を展示する美術館。新潟の豪雪地帯から移築した寄棟中門造の民家を改装した館内には、飾額・衝立[ついたて]・飾鉢などの装飾品を展示。このほか大小箱類や盆、菓子器などの実用品、世界各地で集めた1200点の木彫人形なども見応えがある。所要40分。

46年間にわたって上田彫塑[ちょうそ]研究会の講師をつとめた、石井鶴三の作品や制作に使用した道具を展示する美術資料室。婦人像や信濃男坐像など約10点の彫塑作品のほか、水彩画、油絵、挿絵、版画などが展示されている。上小教育会館事務室[新館1階]に声をかけてから見学して欲しい。所要時間30分。

上田城二の丸跡にある博物館。真田、仙石、松平と続いた上田藩の歴史や、上田城、北国街道の宿場に関する資料などを展示。真田昌幸の具足など歴代藩主の甲冑、武具が歴史を物語る。また、この地方の特産品である上田紬[うえだつむぎ]、染屋焼[そめややき]など、収蔵品は14万5000点に及ぶ。ナウマン象の臼歯の化石もある。所要30分。

真田家発祥の地・上田市にあり、北国街道の宿場町として栄えたのが柳町。現在でも時代を感じさせる家屋が軒を連ね、古き良き街並みが残されているエリアとして人気を博している。江戸時代から続く造り酒屋をはじめ、天然酵母のベーカリーや信州そば、美味だれ焼き鳥など、信州上田の魅力的な名物・銘品を扱う店舗が並び、上田の名所としてリピーターも多く訪れる。石畳が敷かれた道路も歩きやすい。

現在の上田高等学校の敷地は、かつての上田藩主屋敷の跡にあたる。この屋敷は、藩政の中心施設である藩庁でもあった。同校東側の表門と、その両脇につづく土塀・濠[ほり]・土塁[どるい]は、昔の面影をよくとどめており、上田市の文化財に指定されている。表門周辺は、春から初夏にかけて、桜やつつじが美しく咲き誇る。

天正11年(1583)に真田昌幸が築城、徳川の大軍を2度撃退した歴戦の名城として知られる。関ケ原の合戦後破却されたが、その後、上田に移封された仙石忠政[せんごくただまさ]によって再建。近世後期には松平氏の居城となった。現在は上田城跡公園として整備され、隅櫓[すみやぐら]と石垣などが往時の面影を伝える。

真田神社裏手にある大井戸。水が絶えたことがなく、上田市街地一番の深さを誇る。城の北方にある太郎山の麓まで抜け穴が通じているとの伝説がある。