九谷光仙窯

明治3年(1870)創業の九谷焼の窯元。ろくろ・素焼・施釉・本焼・上絵付けに至るまで、一貫して手作業で制作。九谷焼の歴史や参考品、製作工程などを展示し、九谷焼の作品を販売している。絵付体験では約15種類から品物を選んで自由に線描すると、本職が本格的な彩色をして送ってくれる。1320~5500円。

明治3年(1870)創業の九谷焼の窯元。ろくろ・素焼・施釉・本焼・上絵付けに至るまで、一貫して手作業で制作。九谷焼の歴史や参考品、製作工程などを展示し、九谷焼の作品を販売している。絵付体験では約15種類から品物を選んで自由に線描すると、本職が本格的な彩色をして送ってくれる。1320~5500円。

作家・島田清次郎が幼い頃移り住み、小説『地上』の舞台ともなった吉米楼をその跡地に再現した資料館。1階は大正時代を彷彿とさせる室内に清次郎の関係資料を展示。2階は客をもてなすための座敷で、太鼓や三味線などが置かれ当時の華やかな雰囲気がうかがえる。所要15分。

広見というのは、藩政時代、延焼を防ぎ大火としないための町づくりの一つとして設けられたものであり、金沢のあちこちにあった。地名は加賀国住人林六郎光明の郎等六動太郎光景に由来し、ここから六動林、六斗林、六斗になったといわれている。国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。

犀川大橋を渡り、寺町側橋詰から上がる坂。加賀藩前期に妙慶寺坂といったが、享保18年(1733)の火災後、蛤が口を開いたようになったのでこの名がついた。国の重要伝統的建造物群保存地区に一部選定されている。

金沢三茶屋街のひとつ。ひがし茶屋街と同じく文政3年(1820)に設立された。出格子が美しい茶屋建築の街並みが残り、金沢芸妓の伝統を今に伝えている。大正時代のベストセラー作家である島田清次郎ゆかりの地。今も木造のお茶屋と、大正11年(1922)に建てられた検番が当時を偲ばせる。夕方になると軒下に灯りがともり、独特の風情を醸しだしている。

寺院がひしめく寺町通りから、犀川に架かる桜橋に抜ける途中にあるジグザグの坂。寺町台に下宿していた旧四高生たちの散歩道にもなっていたという坂で、下から見上げると横に倒したWの字に見えることからこの名が付けられた。正式名称は石伐坂[いしきりざか]といい、室生犀星も好んで歩いたところ。途中で見え隠れする犀川の流れが美しい。

大正11年(1922)、芸妓の稽古場や事務所として建てられた瓦葺の建物。平成15年(2003)7月1日に国登録有形文化財に指定された。寄棟造り、下見板張りの洋風建築は、大正ロマンを偲ばせる。

門前の黒板にはエスプリの効いた箴言が。定期的に書き換えられ、楽しみにしている地元住民も。本堂と鐘楼は市の文化財。2層の鐘楼が珍しい。

天正13年(1585)、前田利家が前田家の祈願所として金沢城付近に建立。その後、3代藩主・利常が幕府からの攻撃に備え、寛永20年(1643)現在地に移築した。本堂に続く庫裏は外観が2階建て、内部が4階7層。23の部屋と29の階段がある。物見台ともとれる本堂屋上の望楼、金沢城への地下道と伝えられる大井戸、隠し部屋や隠し階段、ドンデン返し、抜け穴などもあり、別名・忍者寺ともよばれるほど複雑な構造。巧妙に外敵の目をあざむけるようになっている。拝観はガイド付きで予約が必要。幼児、未就学児は保護者同伴でも拝観不可。

金沢の地名の由来に登場する芋掘藤五郎が、奈良時代に建立したといわれる寺。本堂に安置される本尊は、国の重要文化財に指定された阿弥陀如来像だ。像高21cmと小さいが、大ぶりな頭や手に重量感がある金銅仏。護摩堂に祀られている平安時代作の木造不動明王坐像は金沢市の文化財に指定されている。金沢観音霊場第14番札所。藤五郎夫婦の像や藤五郎の墓もある。拝観説明あり。