旧天瑞寺寿塔覆堂

三溪園内苑にある建造物。天正19年(1591)、京都大徳寺内の天瑞寺(廃寺)に、豊臣秀吉が母の大政所[おおまんどころ]の長寿を祝って建てた生前墓の覆堂。明治38年(1905)に三溪園に移築された。

三溪園内苑にある建造物。天正19年(1591)、京都大徳寺内の天瑞寺(廃寺)に、豊臣秀吉が母の大政所[おおまんどころ]の長寿を祝って建てた生前墓の覆堂。明治38年(1905)に三溪園に移築された。

家内安全・商売繁盛・厄除け祈願のやしろとして親しまれてきた神社で、横浜最大の権現造の神殿がある。夏の例大祭には、永禄9年(1566)から受け継がれてきた厄払いのお馬流しが盛大に行われる。境内の「お馬流し展示館」(拝観無料)では、お馬流しの歴史や意味を学ぶことができる。

実物の約150分の1の車両、Nゲージや約80分の1のHOゲージなどが走りまわる店内には、各種車両の完成品やキットが揃う。プラモデル各種や鉄道図書などもある。

明治37年(1904)から昭和47年(1972)まで約70年間“ちんちん電車”の愛称で横浜市民の足として親しまれた横浜市電。誕生から廃止に至るまでの歴史を写真や映像などの資料を保存・展示し、幅広い世代に横浜市民のくらしを支える交通の過去・現在・未来を紹介している。

日本初の本格的洋式競馬場であった根岸競馬場の跡地に開発された、根岸記念公苑内にある博物館。馬と人との交流により育まれた様々な文物を、自然史・歴史・民族・美術工芸・競馬などの幅広い分野からテーマを定めて紹介している。併設するポニーセンターでは、日本在来馬やサラブレッドなど様々な品種の馬を見ることができ、馬とのふれあいイベントも実施している。

慶応3年(1867)、日本で初めて洋式競馬が行われた根岸競馬場の跡を利用した公園。競馬場は昭和17年(1942)のレースを最後に廃止され、戦後は米軍のゴルフ場などになっていた。昭和44年(1969)から一部が日本に返還され、昭和52年(1977)に公園として開園した。広大な敷地内には芝生広場や桜山、梅林などがあり、散策やジョギングに最適。旧競馬の施設は、旧一等馬見所として残っている(外観のみ見学可)。

弘仁元年(810)に弘法大師が日本武尊の伝説の残るこの地を訪れ、祠を建てたのが開創とされる。文和元年(1352)に日蓮宗に改宗。境内のすぐそばには神奈川の名木百選のビャクシンがそびえる。旧領主・間宮家の菩提寺であり、間宮信繁は梅の植樹を推奨し、のちに杉田梅林として知られるようになった。その数は3万株以上になり、佐藤一斎『杉田村観梅記』や清水浜臣『杉田日記』で紹介され、江戸にも知られた梅の名所として多くの観梅客や文人墨客が訪れた。初代歌川広重は「武州杉田の梅林」にて当時の観梅の様子を描いており、明治には英照皇太后・昭憲皇太后が観梅に訪れ、現在でもその名残が見られる。

大正13年(1924)創業の洋菓子店。オリジナルのケーキと焼き菓子は、ドイツ風、スイス風など約50種類。アーモンドビスケット281円、レモンパイ335円は創業以来変わらぬロングセラー。ジャムターツ302円、ラムボール各260円も人気。店内のコーナーで洋菓子を味わえる。

昭和33年(1958)に横浜港利用の外国人向けスーパーとして開業。輸入食材が豊富にそろう高質スーパーマーケット。買物途中に休憩できるカフェも併設する。ロゴ入りのオリジナルエコバッグは1970年代から愛されるロングセラー品。

高級欧風ベーカリーとして開店した当初は、赤い紙袋を提げて歩くマダムが町に続出するほど話題に。ヨーロッパ仕込みの技術を受け継ぎ、併設の工房で焼き上げたばかりのパンは、元町本店限定品を含め、常時約140種類揃う。