長崎市民総合プール

プールの種類が多く、人気のある市民プール。屋外には2基のスライダーと、流水プール、幼児・児童用プールがある。屋内には、25m・50mプールのほか、幼児・児童用プールがある。夏期は大会使用が多いため、来場前に公式サイト「長崎市民総合プール」や電話で要問合せ。

プールの種類が多く、人気のある市民プール。屋外には2基のスライダーと、流水プール、幼児・児童用プールがある。屋内には、25m・50mプールのほか、幼児・児童用プールがある。夏期は大会使用が多いため、来場前に公式サイト「長崎市民総合プール」や電話で要問合せ。

『長崎の鐘』『この子を残して』などを著した医学博士・永井隆が、晩年「己の如く隣人を愛せよ」という聖書の言葉から「如己堂」と命名した住居。自らも被爆しながら、被爆者の救護に尽力した。隣接の長崎市永井隆記念館では原稿など遺品を展示。所要30分。

原子爆弾による死没者の尊い犠牲を銘記し、恒久の平和を祈念するために開館した施設。原爆死没者名簿が奉安されており、亡くなられたすべての人々を追悼し、恒久の平和を祈るための「追悼空間」や、原爆死没者の氏名・遺影・被爆者の体験記や証言映像を公開している「遺影・手記閲覧室」、被ばく医療に関する情報の検索や平和への思いを書き残すことができる「平和情報コーナー」がある。

近代日本の代表的洋画家・野口彌太郎の作品を約40点展示。『長崎の情緒』『長崎の風』など、長崎を描いた作品もある。

大正時代に開通し、市民の足として愛されている長崎の路面電車。路面電車の線路上に建てられた商業施設「長崎西洋館」の中にある資料館では路面電車の模型や、車両や歴史を紹介したパネルなどを展示。大人から子どもまで楽しめる。

原爆の惨禍から立ち上がった市民の復興への意欲と、世界恒久平和の念願を象徴するため、長崎国際文化郡市建設法の一事業により、昭和30年(1955)に長崎国際文化会館として開館。被爆50周年の記念事業として改築を行い、名称を長崎原爆資料館と改め、平成8年(1996)に開館。展示室では被爆資料や再現模型で原爆投下直後の惨状を再現するほか、記録映画が見られるビデオルームもある。所要1時間。

浦上街道沿いにある山王神社の鳥居。元は一の鳥居から四の鳥居まであったが、原爆の爆心地から南東約900mに位置したため、昭和20年(1945)8月9日の原爆で2つが倒壊。ほぼ原型のまま残っていた一の鳥居は後に交通事故で倒壊し、片方の柱だけになった二の鳥居のみが残っている。原爆の強烈な熱線で上部が黒く焼け、爆風によって片方の柱と鳥居上部が破壊された二の鳥居は、残った笠石の半分を一本柱で70年以上も支え続けている。国指定史跡「長崎原爆遺跡」の一つでもある。

原爆落下中心地に立つ黒御影石[くろみかげいし]の石柱の碑。この碑の約500m上空で原爆が炸裂、半径2.5kmに及ぶ地域を壊滅させた。そばには爆心地から北東約500mの場所にあって壊滅した浦上天主堂の遺壁の一部が移築されている。

旧長崎医科大学(現在の長崎大学医学部)は、爆心地から約600mのところにあり、原爆による爆風をまともに受けた高さ1.8mの石造りの門柱が前へ9cmずれ、約10度傾いている。

皇室・宮家へ五三[ごさん]焼カステラを毎年献上している店。熟練した職人の手焼き工程がガラス越しに見学できる。試食とお茶でおもてなしがある。五三焼佳好帝良[かすてら]2700円。