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南島原市有馬キリシタン遺産記念館

世界文化遺産の構成資産でキリスト教弾圧の舞台である原城跡と、キリシタン大名・有馬晴信 の居城でキリスト教繁栄の中心であった日野江城跡。この2つを通して、南島原のキリシタン史やキリシタン文化などを解説・紹介している。展示室1のテーマは、日野江城を中心としたキリスト教の伝来と繁栄。日野江城出土の金箔を施した瓦や活版印刷機の模型などを展示し、イエズス会や天正遣欧少年使節、日野江城跡などを紹介。展示室2では、島原・天草一揆(島原の乱)と潜伏キリシタンをテーマに、原城跡の出土品である十字架や砲弾などを展示。原城跡発掘現場のレプリカや、島原・天草一揆の蜂起と終焉までのシーン模型が興味深い。

南島原市口之津歴史民俗資料館分館・海の資料館

永禄10年(1567)の南蛮船入港以来、西洋文化の窓口として栄えた口之津は明治期には石炭の積出港としても賑わった。そんな町の歴史がわかる資料館。再現された明治時代の商家・農家の生活用品や船員が持ち帰った世界の品々などを見学できる。洋館風の建物は明治32年(1899)に建てられた長崎税関口之津支署を修復したもので、長崎県の文化財に指定されている。所要1時間。学習、研究者向けの施設となっている。

大野木場監視所(大野木場砂防みらい館)

大野木場監視所(愛称:大野木場砂防みらい館)は、砂防工事実施中の工事従事者の安全確保を目的として建てられた施設。平常時には、避難スペースを有効活用し、雲仙・普賢岳噴火災害や雲仙で培われた無人化施工技術等を紹介するためのパネルや映像を展示している。3階からは火砕流堆積物の状況や土石流災害を防ぐための砂防施設を間近で見ることができる。施設隣には大火砕流がもたらした熱風によって全焼した旧大野木場小学校校舎がそのまま残されており、火山災害の恐ろしさを物語っている。

ふかえ桜パーク

雲仙の最高峰・平成新山を間近に仰ぎ見る公園。平成3年(1991)6月に発生した普賢岳の大火砕流は、水無川沿いに猛スピードで流れ下り、周辺は甚大な被害を受けた。ふかえ桜パークは、水無川に堆積した土石流の土砂を利用して整備された堤防を公園化したもの。水無川右岸沿いに延びる長さ約1.6kmの公園で、園内には子ども用遊具が設置され、ソメイヨシノやヤマザクラなど約200本の桜も植樹されている。園内西側の国道57号線近〈には、「火砕流最長到達点」の支柱も立ち、散策するには格好の公園となっている。

土石流被災家屋保存公園

平成2年(1990)の普賢岳災害で被災した家屋11棟をそのままの姿で展示・保存。国道251号沿いの道の駅みずなし本陣ふかえの中にあり、火山学者夫妻が残した火山活動の写真や映像を展示する火山学習館、食事処などを併設。

西望公園

長崎市平和公園の平和祈念像などを手掛けた、彫刻家・北村西望の生誕の地に作られた記念公園。約5000平方mの園内に、西望の名を世に知らしめた『光にうたれた悪魔』など10点を屋外展示している。敷地内に生家を復元した西望記念館(料金:入館大人200円、高校生150円、小・中学生100円、小学生未満無料、団体20名以上150円、時間:9~17時、休み:木曜、年末年始、電話:0957-85-2922、所要15分)でも、作品と資料を公開。

有家キリシタン史跡公園(桜馬場キリシタン墓碑群)

前方に島原湾が広がり、島原・天草一揆に関わる湯島(談合島)を望む丘陵地にある史跡公園。園内には十字架が建てられ、キリシタン墓碑21基が集められた「桜馬場墓碑群」がある。島原半島にはキリシタン墓碑が数多くがあるが、特に南島原市内には100基を超える墓碑が確認されている。うち有家町内の道路端や石垣、畑の中などに点在していた墓碑を集めたものが「桜馬場墓碑群」。県指定史跡の2基は、「類子銘入り扁平蓋石型」と「花十字紋入り扁平蓋石型」の箱形の墓石。「類子」は「ルイス」と読み、男性に用いたクリスチャン・ネームだ。天正年間(1573~1592)、この地にはキリスト教布教第二管轄区が置かれ、約70年間にわたって布教活動が行われていた。それ以前は仏教が栄えていた地でもあり、仏教とキリシタンの遺跡が混在する歴史的に興味深い地でもある。

旧大野木場小学校被災校舎

平成3年(1991)9月15日の雲仙普賢岳の大火砕流で、付近の民家など約150棟とともに被災 し、火砕流遺構として保存されている2階建ての校舎。最大級の火砕流の発生による熱風の直撃を受けて炎上した校舎は、当時の状態をそのまま留めており、外観だけでもその凄まじさに圧倒される。校舎内に入れば、焼け焦げた教室内に散乱する机や椅子などを見学することができ、一瞬にして学校全体を焼き尽くした火砕流の恐ろしさを実感できる。校庭のイチョウは同じく焼かれたが、翌年には芽を吹き復活した。隣接の大野木場砂防みらい館と併せて見学を。

吉利支丹墓碑

西有家町須川の共同墓地の一角にあるキリシタン墓碑。全長1.2m、幅56cm、高さ39cmの半円柱蓋石型(カマボコ型)と呼ばれる均整がとれた美しい形の石製(砂岩)の墓碑で、大きな花十字紋や小さな楔十字紋の華やかなパターンが刻まれている。碑文には、ポルトガル式綴字法ローマ字で「FIRI SACYE MO XONE GOX IRAI 1610 IVG 16 QEICHO 15」と刻まれており、埋葬者名「フィリ作衛門ディオゴ」と没年「1610年10月16日(慶長15年)」と判読される。ローマ字による碑文としては日本最古のものであり、西暦年と元号年の両方が併記されたものとしても日本最古のもの。この墓碑は、昭和4年(1929)に現在地の東向共同墓地の地中から発見されたもので、昭和34年(1959)に国指定史跡となった。

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