アーカイブ Travel Post

芬陀院(雪舟寺)

東福寺塔頭の一つ。元享年間(1321~24)に、関白一條内経が父の菩提を弔うために創建したが、火災などで衰え、慶安年間(1652~1705)に一條兼輝が再興した。室町後期の画家・雪舟等楊[とうよう]の築造と伝わる鶴亀の庭があることから、別名雪舟寺とも呼ばれる。また、江戸時代に「茶関白」と呼ばれた一條恵観[えかん]が、東福寺参詣の際には茶席図南亭[となんてい]にて茶を楽しまれたと伝えられる。

同聚院

東福寺の境内に立つ。「じゅうまん不動」と呼ばれ、火除け信仰がある。五大堂に安置されている本尊の平安時代の不動明王像。

瀧尾神社

見事な彫刻に注目。江戸天保11年(1840)に郷本殿及び拝殿当四棟が完成。拝殿天井に木彫8mの龍、本殿に12支、手水舎にキリン、天馬、海馬当霊獣多々ある。作者は九山新太郎。

即成院

泉涌寺総門の左手にある。一千年の祈りを今に伝える阿弥陀如来二十五菩薩お練り供養大法会は、現世に極楽浄土の絵巻物を彷彿とさせる京洛の秋の行事として広く知られている。また本尊の阿弥陀如来と共に国の重要文化財に指定される二十五菩薩坐像は、二十五菩薩が揃っての立体的仏像彫刻としては日本唯一の貴重な文化財。本堂右奥の小さな堂には、源平の戦いで有名な那須与一[なすのよいち]のものとされる墓もある。

正覚庵

東福寺の塔頭であり筆の寺として知られる。毎年11月23日には、筆塚前で使い古した筆記具を護摩木にくべて感謝する、筆供養が行われる。

光明院

ゆるい斜面に造られた庭は重森三玲の手による枯山水で、波心庭と呼ばれる。白砂と緑の苔が織り成す優美な曲線がなんとも魅力的。石柱は光明を表し、別名「虹の苔寺」ともいわれる美しい寺院。

戒光寺

鎌倉時代中期に後堀河天皇の勅願所として建立。御本尊は運慶・湛慶親子合作で全長10mの木像の釈迦如来像(重文)。幾度かの移転の後、江戸時代に後水尾天皇が即位争いに巻き込まれ暗殺されかかったときにこのお釈迦様が身代わりに立たれたことから御寺泉湧寺の塔頭となった。

雲龍院

泉涌寺大門を入って右手奥(南)にある泉涌寺の別院。南北朝時代の天皇の位牌を安置する霊明殿と、本堂(重要文化財)がある。庫裏に置いてある真っ黒な色をした鎌倉時代の大黒天像は、左足を一歩踏み出した姿勢がユーモラスで、「走り大黒」と呼ばれている。写経体験(拝観料・抹茶・お菓子付き1500円)も毎日開講。写経受付時間は9~15時30分。

今熊野観音寺(今熊野)

天長年間(823~834)に空海が十一面観音を安置して開創した。西国三十三カ所第15番札所。高さ16mの多宝塔は、昭和58年(1983)の建立。

アサヒグループ大山崎山荘美術館

関西の実業家・加賀正太郎が、大正から昭和初期にかけて建てた英国風山荘を修復し、安藤忠雄氏設計の地中館を加えて平成8年(1996)開館。さらに平成24年(2012)山手館を増設。アサヒビール初代社長山本爲三郎が蒐集した、河井寛次郎、濱田庄司、バーナード・リーチ等の民藝運動の担い手たちの作品がコレクションの中核。モネの『睡蓮』の連作をはじめとする西洋美術も所蔵する。5500坪の庭園は四季折々に美しく、天王山の中腹に立つ山荘のテラスからは、桂川・宇治川・木津川が合流して淀川となる三川合流のパノラマを眺望できる。

Contact Us: Business & Personal Inquiries

By proceeding, you agree to our Terms of Use and confirm you have read our Privacy Policy .

Notes

・We are available for inquiries 24 hours a day. Responses will be provided between 9:00 and 18:00 (excluding weekends, public holidays, and year-end/New Year holidays).
・Depending on the nature of your inquiry, it may take some time for us to respond.

RURUBU & ALL WAY JAPAN
プライバシーの概要

このウェブサイトはクッキーを使用しているので、可能な限り最高のユーザーエクスペリエンスを提供できます。Cookie情報はブラウザに保存され、Webサイトに戻ったときにあなたを認識したり、Webサイトのどのセクションが最も面白くて便利かをチームが理解できるようにするなどの機能を実行します。